春になればメバルはかんたんに釣れる――そのような持論を疑いたくなる夜だった。海水温は上がり、暦の上ではすでにシーズンイン。しかし現場に立つと、期待と現実のあいだには確かな溝がある。そのズレを確かめるため、あえて渋い小潮の日に竿を出したのである。
(アイキャッチ画像提供:TSURINEWSライター井上海生)


渋い潮でもメバリング
4月11日、小潮。潮位の動きは鈍く、いわゆる「釣りやすい日」ではない。それでも竿を出す理由は、春の気配がどこまで進んでいるのかを自分の目で確かめたかったからである。
場所は泉大津の汽水域。海と川が混じり合うこのエリアは、条件が噛み合えばメバルが差してくるが、外せば途端に生命感が消える難しさもある。
軽量リグで攻める
今回はメバリングタックル一本に絞り、軽量リグで広く探る構えとした。
数を求める釣行ではない。状況を読むこと、それ自体を目的に据えた釣行である。うまくすれば一尾出てくれたらいい、という気持ちももちろんある。そして言うまでもないが、状況が一変して、数釣りができればそれが本望である。
なるべく海水に近い汽水域で
ポイント選びで意識したのは「海水寄り」である。同じ汽水域でも、淡水の影響が強すぎる場所では、この時期のメバルは口を使いにくい。堤防を一本、端から端まで歩きながら、水の色、匂い、流れの重さを観察していく。わずかな潮目やヨレ、流速の変化を頼りに、キャストを重ねる。
海の変化を読みながら(提供:TSURINEWSライター井上海生)真水が多いと不自然
真水が多く混じる場所は透明度が不自然に高かったり、逆に濁りが強かったりして、いずれにせよ生命感が薄い。
ベイトの気配も乏しく、表層に何かが浮く様子もない。そうした場所は早々に見切り、少しでも海水の押しが感じられるラインへと移動する。歩くこと自体が釣りの一部であり、足で探すしかない状況であった。
オープンの攻略がテーマ
今年のテーマは明確で、「オープン」である。常夜灯周りや足元のキワといった定番はあえて切り捨てた。理由は単純で、今季それらのパターンで結果が出ていないからである。
前を打っていく(提供:TSURINEWSライター井上海生)ならば発想を反転させ、何もない沖のオープンエリアに答えを求める。目に見えるストラクチャーに頼らず、流れの筋やレンジの変化だけを手掛かりにする釣りは、再現性が低い反面、当たったときの説得力がある。
軽量ジグヘッドを風に乗せ、着水後はカウントを取りながらレンジを刻む。中層からボトム付近まで丁寧に探るが、明確な反応は得られない。海の中だけが静かに時間を進めているようであった。
シーバス1尾のみ
沈黙を破ったのは、不意の強い引きであった。明らかにメバルではない重量感。慎重にやり取りを重ね、上がってきたのは60cmほどのシーバスである。狙いとは違うが、オープンでのヒットという点では間違っていない。むしろ、流れの中で魚が口を使う位置を示してくれた一尾とも言える。
しかし本命からの反応は最後まで得られなかった。外道の価値は理解しつつも、どこか釈然としない感覚が残る結果であった。
シーバス1尾のみ(提供:TSURINEWSライター井上海生)まだ春は遠い?
水温は確実に上昇している。それでもまだメバルのポジションは定まっていない印象だ。沿岸に差しきるにはもう一段の条件が必要なのか、それとも自分のレンジ選択がズレているのか。「春は釣れる」という言葉の裏側には、見落としている前提があるのかもしれない。
違和感を次に繋げる
今回の釣行で得たのは釣果ではなく、違和感である。この違和感を無視せず、次はさらにレンジを刻むか、あるいは流れの芯により執着するか。答えはまだ出ていないが、少なくとも同じ攻め方を繰り返すだけでは届かないことだけは確かである。
よって次回は、もっと潮通しの良い海を求めて、泉南まで繰り出すことに決めた。また釣果を報告したい。
<井上海生/TSURINEWSライター>
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